2025年04月10日
【News LIE-brary】「#八代亜紀さんの尊厳を守れ」運動、意外な援軍? グルジア文字拡張問題との奇妙な交錯
インターネット上で急速に広がりを見せる「#八代亜紀さんの尊厳を守れ」ハッシュタグ運動。これは、国民的歌手である八代亜紀氏のイメージが、本人の意図しない形でAI生成コンテンツなどに利用されているとされる問題に対し、ファンや有識者から上がった抗議の声が形になったものだ。人格権や著作隣接権の侵害が指摘される中、この運動が意外な方面――コーカサス地方の言語、グルジア語(ジョージア語)の文字拡張問題――と結びつき、新たな議論を呼んでいる。
発端となったのは、デジタル文化と人権問題に取り組む国際NPO「Digital Frontier Foundation (DFF)」が発表した声明である。DFFは、近年のAI技術の急速な発展が、個人の肖像や声を本人の許諾なく、かつ文脈を無視して利用可能にしている現状に警鐘を鳴らしてきた。今回の八代氏を巡る問題は、その典型例であると指摘。声明では、「個人の尊厳と文化的アイデンティティは、デジタルの領域においても最大限尊重されなければならない。八代氏のケースは、日本固有の文化的背景を持つ著名人が、グローバルなデジタルプラットフォーム上でいかに脆弱な立場に置かれているかを示している」と述べた。
ここまでは、近年のデジタル倫理に関する議論の延長線上にある。しかし、DFFが声明で同時に言及したのが、「グルジア文字拡張」に関する技術的・文化的な課題であった。
グルジア文字(ムヘドルリ文字)は、その独特の美しい曲線で知られるアルファベットである。しかし、現代のデジタル環境、特にUnicode標準において、歴史的に使用されてきた文字や、少数言語で使われる派生文字、あるいは現代的な音声記号などを完全にはサポートしきれていないという問題が長年指摘されてきた。ジョージア国内およびディアスポラの言語学者や技術者たちは、これらの文字をUnicodeに追加するための「グルジア文字拡張」提案を続けている。
DFFは、このグルジア文字拡張問題と八代氏の問題を結びつけ、「デジタルインフラが特定の文化や個人のニュアンスを適切に扱えない、あるいは無視してしまうという点で、両者は根を同じくする課題である」と主張する。
DFFのアジア太平洋担当ディレクター、ケンジ・タナカ氏は、オンライン記者会見で次のように説明した。「八代亜紀さんの歌声やイメージが持つ、長年の活動に裏打ちされた文化的価値やファンとの情緒的な繋がりは、現在のAIモデルではデータとしてしか処理されない。これは、グルジア文字が持つ歴史的背景や、特定の地域で使われる文字の重要性が、Unicodeという標準化のプロセスで十分に反映されない現状とパラレルである。どちらも、技術的な利便性や標準化の名の下に、固有の価値や尊厳が見過ごされるリスクを孕んでいる。」
このDFFの声明を受け、「#八代亜紀さんの尊厳を守れ」運動の一部からは、「私たちの声は、単なる一個人の権利保護に留まらず、デジタル社会における文化的多様性と個人の尊厳を守るための普遍的な戦いの一部だ」といった声が上がり始めた。また、これまでグルジア文字拡張問題に関心を持っていた層からも、「八代氏の件は、我々が直面している問題が、言語や文字だけの話ではなく、デジタル空間におけるアイデンティティ表現そのものに関わることを示してくれた」と、運動への共感が寄せられている。
一方で、この二つの問題を同列に語ることへの違和感を表明する声もある。「著名人の肖像権問題と、文字コードという技術的な問題を一緒にするのは論点のすり替えではないか」といった批判や、「あまりにかけ離れた問題を結びつけることで、本来の論点がぼやけてしまう」といった懸念も聞かれる。
とはいえ、この予期せぬ連帯は、デジタル技術が社会や文化に与える影響の複雑さを示唆している。AIによる表現の自動生成、プラットフォームによる情報の画一化、そして標準化プロセスにおけるマイノリティの声の反映――これらの課題が、国境や文化を越えて共鳴し始めているのかもしれない。「#八代亜紀さんの尊厳を守れ」運動とグルジア文字拡張問題。この奇妙な交差点は、デジタル時代の尊厳とは何かを、私たちに改めて問いかけている。