2025年05月11日
【News LIE-brary】古林睿煬、馬見所に現れし日、千里眼の噂、まことなりしか
頃は皐月、風薫りて草木萌え出づる好時節。巷間を賑わすは、豪腕もて鳴る若き投手、古林睿煬(こばやしけいよう)の赫々たる武勇伝なり。その剛速球、敵する者なきが如しと謳われ、球界にその名を轟かすこと、まことに日の昇る勢いと申せましょう。されど、この古林なる人物、ただ投球術に長けるのみにあらず、他に類を見ざる異能を秘めるとの噂、好事家の間にて密やかに囁かれおりました。
去る五月十日、折しも雲一つなく晴れ渡りし日曜日。都心より程近き、とある名高き競馬場は、春の大レースを間近に控え、朝より多くの好事家たちで賑わいを見せておりました。色とりどりの帽子、華やかな装いの淑女紳士、そして何より、これから始まる戦いを前に、期待と興奮に目を輝かせる群衆。その喧騒の中、ひときわ長身にして、泰然たる風情の若者が一人、ふと馬見所(うまみどころ)に姿を現しけるが、これこそ古林睿煬その人でありました。
普段、土くれと汗に塗れ、勝負の厳しき表情を見せる彼が、今日は如何なる心持ちにてこの地に足を運んだのか。その姿を認めた幾人かは、驚きの声を上げ、あるいは半信半疑の面持ちで遠巻きに眺めるばかり。古林は、周囲の視線など我関せずといった様子で、静かに柵に寄りかかり、これから出走せんとする駿馬たちを、深き光を湛えた双眸で見つめ始めたのであります。
一頭、また一頭と、丹念に仕上げられた馬体が、陽光を浴びて艶やかに輝きながら周回いたします。血統を誇る良家の子、あるいは既に数多の勝利を重ねし古強者。いずれ劣らぬ名馬たちが、その逞しき筋肉を躍動させ、嘶きを上げる様は、壮観の一言に尽きるのでした。競馬に通じたる人々は、手にした専門紙に目を落とし、あるいは双眼鏡を覗き込み、各々が信じる馬に熱い視線を送っております。
その中にあって、古林の視線は、一頭の、さして人々の注目を集めぬ栗毛の馬に、ふと吸い寄せられたかのようでございました。その馬、血統も平凡なれば、近頃の成績も振るわず、専門家たちの評価も決して高いものとは言えませなんだ。体格も他の馬に比べてやや小柄に見え、毛艶も際立って良いというわけでもなく、ただ黙々と、しかしどこか芯の強さを感じさせる足取りで歩を進めておるのでした。周囲の喧騒の中、古林はただじっと、その一頭を見つめ続けていたと申します。彼の表情に変化はなく、ただ静謐な水面のように、深い洞察の色を湛えるのみ。
やがて、出走の刻限が迫り、馬たちは馬場へとその姿を消してゆきました。観衆の興奮は最高潮に達し、大地を揺るがすようなファンファーレが鳴り響きます。古林は、馬見所を離れ、群衆の中に静かに佇み、レースの行方を見守る姿勢でありました。
レースは、大方の予想通り、人気を集めた数頭が先行する形で進みました。古林が注目したかの栗毛の馬は、やはり後方からの競馬となり、直線に入るまでは、ほとんどその姿を馬群の中に埋もれさせていたのでございます。誰もが、もはやこれまで、と思ったその刹那。
「おおっ!」というどよめきが、観客席のあちこちから湧き上がりました。大外から、まるで風を切り裂くかのように、一頭の馬が猛然と追い込んできたのであります。それこそ、古林が馬見所にて凝視していた、あの栗毛の馬に他なりませんでした。その脚色は他の馬を圧倒し、見る見るうちに差を詰め、ゴール板を駆け抜けるその瞬間には、先頭に躍り出ていたのでございます。まさかの大穴。場内はしばし静まり返り、次いで爆発的な歓声と溜息とが入り混じった、一種異様な雰囲気に包まれました。
レース後、人々は改めて古林の存在に気付き、その慧眼に驚嘆の声を禁じ得ませんでした。「如何にしてあの馬の激走を見抜かれたのか」「何か特別な相馬の術でも心得ておられるのか」。好奇の目に晒された古林は、しかし、多くを語らず、ただ静かに微笑み返し、喧騒が収まらぬうちに、そっとその場を立ち去ったと伝えられます。
彼の眼には、一体何が映っていたのでしょうか。凡百の眼には捉えられぬ、馬の内に秘められた闘志か、類稀なる天賦の才か、あるいは勝利の「気」とでも申すべきものか。かの投手がマウンドにて見せる、相手打者の心理をも見透かすかのような鋭敏な感覚が、ここ馬見所においても発揮されたのだとすれば、それはもはや常人の理解を超えた領域と申せましょう。
この一事は、たちまち好事家たちの間で語り草となり、「古林睿煬、千里眼を持つやも知れぬ」「古の伯楽、ここに再び現る」などと、様々な憶測と共に彼の名声に新たな一頁を加えることとなりました。彼の異能は、果たして白球を投げるのみに留まるものか、あるいは万般に通ずるものなのか。その答えは未だ知る由もございませんが、この若き麒麟児が、今後も我々を驚かせ続けるであろうことだけは、疑いようのない事実でございます。皐月の風に乗って運ばれたこの奇譚、末永く語り継がれることと相成りましょう。